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    2012.12.24 後楽園ホール 総評 

     いまからちょうど1年前の後楽園大会では、2人のレスラー人生が大きすぎる転機を迎えていた。引退セレモニーの最中に前代未聞の現役続行をアピールした米山香織。3年前に突然姿を消した中島安里紗がカムバックを宣言。プロレス界から去ろうとして消えることができなかった米山と、自分の意思で消えながらも戻ってくる決意をした中島。2人の人生がクロスしたのは、2011年12月23日、JWPのリングだった。
     あれから1年。米山も中島も、濃密すぎる時間を過ごしてきたのではなかろうか。もちろんリング上においてもそうである。4月の後楽園で中島が再デビュー。その日に米山はさくらえみとのシングルに敗れ、タイに渡った。8月の後楽園で両者はタッグ2冠をかけて激突。ベルトは米山組から中島組に移動した。
    そして今回、米山が昨年の騒動を清算するためにコマンド・ボリショイと一騎打ちをおこない、中島はさくらの手に渡った至宝JWP認定無差別級王座を団体の元に引き戻してみせた。プロレスから離れていたら、プロレスに戻ってこなかったら絶対にありえなかった出来事ばかりを2人は体験してきたのだ。
     無差別級王者となった中島は、「お待たせしました!」とベルト奪取をファンに向けて報告した。これは中島安里紗なりの“新時代宣言”ととらえてもいいのだろう。中島が無差別級王者になったことで、これまでは最高峰のタイトルに縁遠かった世代が続々と挑戦してくることが考えられる。無差別級王座の“若返り”に大きな期待が持てるのだ。もちろん、そのまえには春山や倉垣、Leon、またはボリショイといった上の世代からの防衛もこなさなければならないだろう。だからこそ中島は、まずはJWP内部からの挑戦者出現を訴えた。そして、1・13&14北千住でトーナメントをおこない、その勝者が中島のベルトに挑戦する。「まだJWPの先輩に勝ったことがない」という中島だが、これをクリアーすれば、一気に無差別級王座の幅が広がるはずだ。
     20周年というアニバーサリーイヤーの最後に誕生した、第21代無差別級王者。この数字も新時代の到来を告げているような気がしてならない。「JWPを背負う」と宣言し、タイトル獲りを有言実行した中島だからこそ、やってくれるとの期待を込めてそう言いたい。
     一方の米山は、ボリショイとのシングルに敗れながらも、一連の騒動に区切りをつけたと考えていいだろう。勝ったボリショイは、米山を縛ることなく「好きなようにやればいい」と言ってみせた。これは決して突き放すのではなく、米山なりの考えを認めたということ。与えられたカードをこなすだけのような活動なら、現役続行の意味はない。そう思ったからこそ、プロレスのない国に渡り、新たな可能性を求めた。さらにはこれまでほとんど経験のなかった海外遠征を1年に2度実現。引退撤回前から数えると、1年強で3回も海外での試合をおこなったのだ。そこでJWPの名前を広めるのが彼女の役割。アメリカのチカラプロレスでは男子レスラーとも対戦し、イギリスのEVEではTNAのスター候補生と試合をした。さくらの無差別級タイトルマッチを含め、確実にJWPの名称は世界に届きはじめている。これでも引退するべきだったと思うファンがいるだろうか? かつてJWPの誰もがなしえなかった経験をこの1年で積んだのだ。国内に届かない部分もあったかもしれないが、米山が残した足跡は十分に誇っていい。
     中島にとっても米山にとっても実り多かったこの1年。それはすなわち、JWPにとっても大きな意味をなすものである。両者に共通するのは、JWPの風景を変えたいとの思い。すべては旗揚げ21年となる2013年、すなわちJWP新時代に向けての準備期間ということか。中島の戴冠でベテランも若手も刺激を受ける。そして、対抗勢力として存在する米山、中森、モーリーの動向も気になるところ。中島は言った。「JWPのリングから絶対に目を離さないでください!」と――。              (新井 宏)
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