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    2011.12.23 後楽園ホール 総評 

     引退セレモニーの最中に引退撤回とは、おそらく世界初の出来事だろう。今年の7・10キネマ大会で突然かつ不可解な引退発表をおこなった米山香織が、こんども突然、しかも土壇場での引退撤回&現役続行を宣言した。
     レスラーが引退する場合、大きく分けて2つのパターンがある。ひとつはケガや病気など、つづけたくても肉体的につづけられないケース。もうひとつは、体の動く元気なうちに第2の人生に歩みだそうというもの。米山の場合、後者だった。しかしながら、第2の人生においての目標が具体的に決まっているわけでもない。「ゴールを決めて、それに向けて全力で駆け抜ける」というのが、彼女のやり方、ポリシーだった。だからかつては10周年を区切りとするつもりでいた。しかし当時はJWP認定無差別級王座に届かなかったこともあり、最高峰のベルト奪取が続行のモチベーションにもなっていた。王者としてベルトを巻いてからは米山革命を提唱しながらも、次のゴールを30歳に設定した。そこで彼女が決めたのが、2011年いっぱいという期限だったのだ。
     そのゴールは、あくまでも米山のこだわりで定められたもの。だから、他人が口出しできるものではない。発表当初こそ引退に向けて一直線だった米山。ところが、しだいに心境の変化がやってくる。ボリショイの欠場により急きょ決まった初のアメリカ遠征と、澤宗紀の引退に触発された「やりすぎくらいな引退ロード」が、そのきっかけになった。
     やればやるほど、プロレスは楽しい! 猛烈な引退ロードで、米山は完全燃焼どころかますますプロレス熱が上昇した。立ち姿やマイクアピール、もちろん試合における動きまで、すべてが見事だった。「やめるなんてもったいない」。そんな意見が、引退ロードを目撃した人たちの最大公約数だったと思う。
     と言うことは、米山は引退撤回により多くの人たちの期待に応えたことになる。と同時に、もちろん、批判もあるだろう。いずれにしても米山は、自分の意志で、最後の最後で現役続行を決めた。
    来年のJWPを見渡してみれば、伸び盛りを迎えようとする若い選手が多いことに気づく。その中に米山が入るとすれば、どんな形であれ興味深い。カベになるのもいいし、指導者的立場になるのもひとつの案だ。米山革命の思想を継承しながら、新しいJWPを作っていく。“新生”米山香織の新たなる使命だろう。

    (新井 宏)